北朝鮮との交渉でメルケル首相に後れを取る安倍首相

安倍首相は合いも変わらず北朝鮮への圧力強化を吼え続けている。ところが世界には対話・交渉の機運も生まれつつある。

9/18日経、大岡山通信「ドイツに見る指導者の資質」池上彰は次のように伝える。

メルケル首相が9/10ドイツの新聞のインタビューに答えて、「もし(北朝鮮との)交渉への参加が求められれば、すぐにでもイエスと言う」と語った。
ドイツはイランの核開発凍結やウクライナの停戦交渉でも中心的存在であった。この経験を北朝鮮問題に活かしたいとのことである。

池上氏曰く、「ドイツはそうした過去(ユダヤ人や少数民族を虐待したこと)を徹底的に学び、教訓としてきたのが、戦後のドイツの歩みだった」と解説している。

もしメルケル首相に北との交渉を始めようとしたら、東アジアの大国日本は面目丸つぶれである。

嗚呼それにしても同じ枢軸国であったのに、ここまで大きな違いが生まれたのか。
それは戦後の歩みに表われている。安倍首相など右翼勢力は、戦中の蛮行は無かったことにして、歴史を書き換えようとしている。だからいつまでたっても、近隣諸国との国交を実のあるものに出来ていない。

メルケル首相が北にシグナルを送るとき、日本はこれを妨害するか変わり身早く相乗りして平和の推進者として振舞うのか。
後者のような気がする。
それは杉原外交官の例があるからだ。杉原外交官は松岡外務大臣の訓令に反してユダヤ人にビザを発給し、外務省からにらまれてしまい、帰国後には外務省をくびになっている。ところが世界中で杉原賞賛の声が高まると、戦前から日本は平和主義者であったかのように、ほめられることはそのまま受け入れるずうずうしさがある。
日本のセンチメントからは、勝ち馬に乗ろうとするだろう。

杉原千畝(すぎはら・ちうね、1900〜86年)
外務省訓令を無視してビザを発給し続けた杉原は戦後の1947年、外務省を辞めさせられている。外交官としての名誉回復は、実に44年後の1991年であった。