日本はギリシャ化するという誤り

日本はギリシャ化するという誤り

消費増税をめぐる議論で、野田内閣閣僚から今の財政状況を放置すると日本はギリシャ化するという発言があった。この発言は消費増税を実現するための国民へのブラフであったと思いたいが、もし本気でそのように思っている閣僚がいるとすれば由々しきことである。そのような認識であれば、財政破綻への回避、現実に破綻があったときの対処に、正しい準備がなされていないことを表している。想定外が再び繰り返されようとしている。

6/27日経経済教室「収束見えないユーロ危機」「欧州統合崩壊の瀬戸際に」慶応義塾大学教授・竹森俊平氏はユーロ危機を考える最適な寄稿である。
ポイント

  • ギリシャ債務不履行の選択は時間の問題
  • ドイツは問題国の資本流失を事実上穴埋め
  • 問題国が通貨防衛へ輸入障壁設ける恐れも

ユーロ危機の本質を指摘しているのは、次の箇所だ。

問題が拡大している理由は2つある。
第一は、「資本逃避の激化」
第二は信用収縮と緊縮財政政策の強行によりもたらされた「深刻な不況」である。
第一の点だが、一般にユーロ危機の原因は「過大な財政赤字」と見られている。ギリシャの場合はそうだ。しかし他の問題国の場合、むしろ「過大な資本輸入」がより重要な理由である。

ここで問題点を言い尽くしているのだが、寄稿のうち二ヶ所にやや意味の取りづらい箇所があってそこを正確に理解しないと竹森氏の趣旨が伝わらない。またそこを正確に理解することにより日本の財政危機の意味を理解することができる。

(その一)

すべての国際送金は中央銀行間決済勘定(注:以下「決済勘定」と略す)に記録される。
スペインがドイツへの貿易赤字をドイツからの資本輸入で埋めた場合、決済勘定では、輸入超過代金の支払いだけでスペインのドイツへの借りが記録され、ドイツから資本輸入だけでドイツへの貸しが記録される。相殺の結果、決済勘定の両国の純負債、純資産は変化しない。

ここで「ドイツへの借り」、「ドイツへの貸し」とは簿記の手順を用いると分かりやすい。
スペイン中央銀行の口座を仕訳で示すと次のようになる。
輸入代金の支払い:(借方)決済勘定 (貸方)資金
資本輸入の受け入れ:(借方)資金 (貸方)決済勘定


簿記の手順を用いると問題の所在が明確になる。
ユーロ創設からバブル崩壊の直前までは、スペインにはドイツなどの海外資本が大量に流入し、決済勘定の貸方残高が膨大に膨らんだ。
バブル崩壊後、海外資本が自国回帰しこれまでの動きの巻き戻しが激しく起きている。
スペインの場合、バブル崩壊により痛んだスペイン各銀行のバランス・シートは€1,000億の資本注入で回復されよう。問題は、バブル崩壊までに積みあがった決済勘定の巻き戻しがどこまで進むかである。流入した海外資本以上のキャッシュが生み出されていれば問題はなかったが、大半が不動産に向けられ固定化した。スペインは国全体としては、支払い不能の状態になっているのかもしれない。このことがさらに巻き戻しを加速させるスパイラルになっている。€1,000億がスペイン政府への融資としてなされるか銀行へ直接注入されるかが論じられることがあるが、それはあまり本質的なことではない。翻って、日本の不動産バブル崩壊では、資金調達はもっぱら国内で行われていたので当時の日本は今のスペインよりマシであったといえよう。

(その二)

日本のように国債の大半を国内で消化する国は比率(注:政府債務残高のGDP比率)が高くても、国債金利が低く収まることがあるのは、不履行すれば、国民の多くが財を失い大変なことになるからだ。

この指摘をもって、日本国債はほとんどが国内で消化されるので債務比率が高くても問題がないと早合点するのは誤りである。
大作家トルストイは次のように述べる。「すべての幸福な家庭は互いに似ている。不幸な家庭はそれぞれの仕方で不幸である『アンナ・カレーニナ』冒頭(Happy families are all alike; every unhappy family is unhappy in its own way.)」と。

このまま政府債務が積み上がると、どこかの時点で持続不能となり、国債バブルが崩壊する。どの時点かは予測できないが、二つの崩壊過程が想定される。一つは、政府債務残高の自らの重みで自壊する。もう一つは、外部のショックで崩れる。前者は国債管理、金融政策がうまく機能し、大きな外部ショックがない場合で、政府債務は極限まで積み上がる。その反動は日本の不動産バブル崩壊以上のものかもしれない。後者は、例えば貿易収支の急激な悪化から円安、金利高等が進む結果として国債市場が崩落することなどが考えられる。

いずれにしても最終局面では、「売りが売りを呼ぶ」という自己実現的期待から市場が崩壊の瀬戸際に立たされる。

これらに対処する手段はないのだろうか。行くところまで行くしかないのだろうか。平凡だが、国債残高の増加に歯止めをかけるかまたは同時に名目GDPを引き上げて公的債務比率を引き下げる政策が必要である。最終局面では、最後の買い手として日銀に頼るしかないだろう。ここが日本はスペインとは違う柔軟なオプションを持っているところである。その意味で、政府与党の一部のリフレ論者は、目先の甘い話を振りかざして真の危機から目を遠ざけるという人気取りを行っている人たちだ。平時においては、日銀のバランス・シートになるべく負荷をかけない、有事の際にバランス・シートの能力を全開させることが危機管理として肝要である。リフレ論者の主張するように平時のときから日銀のバランス・シートを膨らませていると、有事の際には日銀はバランス・シートの限度に達していてこれ以上国債は買えませんという状況になっていては政策責任者として無能である。また、政府にしてもプライマリーバランス黒字化は20年度であるという(6/27日経)。それまでに国債バブル崩壊はないというのだろうか。その根拠を知りたいものである。また、バブル崩壊までは少なくとも8年の猶予があるならば、その間に手を打つことが出来る政策を打ち出すべきだ。ただ狼少年のように、消費増税をしないと日本はギリシャ化しますとあおるだけではお粗末である。