ビットコイン(BTC)は第3の通貨となれるか

政府は7日にBTCに関する公式見解を発表し、貨幣、金融商品でないことを明確にした(3/8日経)。

これでおしまい、決着がついたとしては思考停止に陥る。この「公式見解」は、当面の実務を進めるための仮のものと理解すべきであろう。政府の認識が変われば「公式見解」も変わることになる。

メディアは、BTCはカネかモノかという二択的な見方しかしていないが、そのような神学論争のような静止的な考えでは今後の通貨の発展を見誤ることになるかもしれない。ベン・バーナンキ議長や米財務省がBTCに注目していたことの意味をもう一度考えるべきである。

BTCは欠陥だらけで、とても通貨としては人々の信認を得ることは出来ない。だがいつの日か欠陥を克服し、通貨として認められたとき、国家の通貨発行権はどうなるのか、通貨発行益は誰が享受するのかという深刻な問題があらわれる。逆に言えば、BTCを通貨に仕上げた者が通貨発行権や通貨発行益を手にすることが出来る。早い者の勝ちである。このことは通貨発行を政府から自由にするというBTCの理念と衝突することになるが、どこかで折り合いをつけることが必要になろう。

BTCが世界共通通貨として使われる日が来たとき、日本が先行開発者の一員であったら日本はその利益の多くを享受することができるかもしれない。

幸いにして、BTC取引所のマウントゴックス(MTG)が民事再生法を申請し、政府の下へ飛び込んできた。日本政府はこの生身の生体標本を徹底的に調べて、BTCを通貨に仕上げる道筋を企画すべきではないか。MTGを際物のように葬り去るのはあまりにも惜しい。

歴史を振り返れば、通貨の出現期には誰からも怪しげな胡散臭いものと見られてきた。和同開珎(わどうかいちん)が登場した後も、貨幣は普及せず、ついに国家による貨幣の発行は停止された。紙幣は当初金や銀に交換されることによって人々の信認を受けてきた。不換紙幣が登場するのは、ニクソンショック(1971年8月)のときである。わずか40年前!BTCが通貨として受け入れられるには、技術的な問題が解消されたとしても、長い年月が必要となろう。

BTC開発を国家機密プロジェクトとして立ち上げ推進することは、将来の多くの人々から感謝され日本に多くの富をもたらす事になるかもしれない。そうなれば、安倍首相は通貨制度を大変革した偉大な首相と賞賛されるだろう。これこそ意味ある戦後レジームからの脱却と言える。

偶々、ニューズウイーク誌にBTCの創設者とされる“サトシ・ナカモト” に接触した記事が掲載された。本物のように思える。日本人にこのようなことができるのだから、捨てたものではないね。
The Face Behind Bitcoin
By Leah McGrath Goodman / March 6, 2014 6:05 AM EST
http://mag.newsweek.com/2014/03/14/bitcoin-satoshi-nakamoto.html