米専門家が語る製造業の復活「明るい兆しは見えるが、グローバル化は止まらず」

日本は、シェールガスがないだけ余計に苦しいか。

WSJ【肥田美佐子のNYリポート】米専門家が語る製造業の復活「明るい兆しは見えるが、グローバル化は止まらず」
http://jp.wsj.com/US/Economy/node_401713
低コストのシェールガス生産増などで、米製造業が、にわかに注目を集めている。シェールガス生産地のノースカロライナなど南部の州では、外資の工場建設やメーカーの誘致合戦が盛んだ。


ジョセフ・ファウディ・ニューヨーク大学助教
 グローバル化による空洞化に苦しんできた米製造業界の回復は、一過性でなく、長期的なものなのか。失われた雇用を取り戻し、長期失業者と中流層を救済すると明言したオバマ大統領の「インソーシング」宣言は、はたして実現可能なのか。ニューヨーク大学スターンビジネススクールのジョセフ・ファウディ助教(専門は、企業・市場のグローバル化コーポレートガバナンスなど)に話を聞いた。

――米製造業の回復が目覚ましい。

ファウディ氏 まず、景気回復に伴って、製造業も堅調さを取り戻しているのは確かだ。次に、米国北部の工業地帯から南部への移転という長期的シフトが起こっている点が挙げられる。自動車業界を中心に、日本や欧州、韓国のメーカーも生産を南部に移している。中国にアウトソースされている仕事に比べれば、米国に戻ってきた仕事の割合はごくわずかだが、中国での人件費や輸送コストの上昇のせいで、アウトソーシングのペースが落ちている。

――オバマ大統領は、失われた米国の雇用、特に製造業の雇用を「インソース」し、失業者を救うと訴えている。

ファウディ氏 (インソーシング時代の幕開けの)裏付けになるデータがない。まず第一に、大統領には、製造業のような大規模なセクターの雇用に影響を与える力がほとんどない。また、製造業が、米国の全雇用者数に占める割合は10%程度にすぎないことを考えると、製造業だけでは、雇用問題は解決しない。

 そのうえ、米製造業界は、不況で効率化が大幅に進み、少ない労働力で、より多くの生産高を上げられるようになっている。国内にとどまる雇用は、ロボットや工作機械など、テクノロジーに重きを置くものだ。1986年以降の円高で、米国などに生産拠点を移す日本の企業が増え、製造業界の生産性が格段に上昇したのと同じことだ。

 アウトソーシングはやや減少傾向にあるが、まとまった雇用が米国に入ってくるとは思わない。原油高による輸送コストの上昇で、一部の雇用は米国に戻ってくるかもしれない。だが、中国にアウトソースされている仕事が米国に還流すると考えるのは早計だ。テクノロジーを必要としない労働集約型の低スキル労働は、中国なら(四川省省都成都重慶市、あるいは、インドやバングラデシュパキスタンなどに移っていくだろう。

――低コストのシェールガスの生産増で、エネルギー価格が抑えられ、米国に生産拠点を移す外国企業も目立つ。シェールガスブームは、米製造業復活の機動力となるのか。

ファウディ氏 (シェールガスブームは)ゆっくりとしたペースながらも、注目すべき傾向だ。カナダや米国西部での天然ガス掘削は、特にワイオミングなど西部の州で、雇用増に大きく貢献するだろう。コストの点で、もっと競争力がつけば、石油や天然ガスの輸入への依存度も抑えられる。仮に、安全性の点からコストを下げられないとしても、国内資源としてはプラスだ。今後20年にわたって、地元経済の機動力となるだろう。

 とはいえ、シェールガスは、(グローバル化による空洞化で)雇用が大幅に失われたオハイオやミシガンなど、従来の製造業地帯とは違う州で生産されている。シェールガスブームは、雇用増の追い風にはなっても、製造業界が失った膨大な雇用を埋め合わせるには規模が小さすぎる。

 一方、大局的に見ると、米国をはじめ、世界は、中東などの割安な在来型原油への依存度を下げ、非在来型エネルギー重視時代へと移行している。製造業は、そうした新たな資源を利用する体制へと転換を図りつつある。最大の問題は、ブラジルから非在来型原油を採掘したり、国内の頁岩(けつがん)からシェールガスを生産したりするコストが最終的にどのくらいかかるか、という点だ。

――米製造業界では、多くの長期失業者がいる一方で、高度スキル人材の不足が指摘されている。いわゆる「労働力需給のミスマッチ」についてはどうか。

ファウディ氏 皮肉な話だが、現在、中国も同じ問題を抱えている。米中とも、学士号を持っていても、低スキルの労働者が多く、テクニカルな知識や経験を積んだ中度スキルの人材が少ないのだ。企業は、職業教育や研修への投資を増やさせざるをえないだろう。いずれにせよ、10〜20年という長期的なスパンでの話だ。

――米製造業界の復活は、米国の長期失業者や中流層の苦境の救済に貢献できるのか。

ファウディ氏 製造業界だけでは無理だ。グローバル化とテクノロジーの進歩という構造的要素により失われた雇用は、新たな雇用が多少生み出されても、相殺できるようなレベルではない。明るい兆しは見えるものの、米経済全体の機動力となるには小規模すぎる。

 今や同業界では、失業は、景気による一時的なレイオフでなく、もはや、その仕事が必要なくなったことを意味する。この長期的傾向は、景気が上向いても変わらない。経済が成長しているときでさえ、低スキル労働者の賃金は低下してきた。IT変革とグローバル化により、仕事の価値が下がったということだ。


肥田美佐子 (ひだ・みさこ) フリージャーナリスト