10/5日経経済教室「人工知能(AI)が変える未来」東京大学准教授・松尾豊

長期的視野の投稿で興味深い。日本の課題に対する明確な回答である。実体経済と結びついたイノベーション論である。実現性のある議論であれば、大変なインパクトがある。その先の社会をどう構想するかは別に考察する必要がある。

「ものづくりで日本に勝機」「子供のAI活用カギ」「画像認識製品の投入急げ」
・ 「子供のAI」は真面目な研究開発が重要
・ 個別分野のデータ獲得が先行者利益生む
・ 建機、農機、食品加工で超巨大企業出現も

以下は投稿の要約。
准教授は1980年代に提唱された「モラベックのパラドクス」を紹介し、コンピューターで実現できるのが難しいのは、大人のできることよりも子供ができることだという命題である。
大人のできることとは、知能テストを受けさせたり、ゲームをプレイさせることである。これに対し、子供のできることとは、1歳児レベルの知覚(画像認識)と運動のレベル(運動スキル)を与えることである。

2012年にディープラーニング(深層学習、DI)という技術で、画像認識のタスクで従来を大きく上回る精度を達成した。今年2月にMS、 3月にグーグルが人間の画像認識の精度を超えるプログラムを開発、ついに「子供のAI」が現実のものになり始めた。

「子供のAI」はハードサイエンスと真面目な研究開発が重要で、個別分野でニーズに正しく応え、圧倒的な性能向上により製品の付加価値を生む。きちんとした設備投資と設計が必要で、ものづくりと相性が良く、日本にもチャンスが大きい。

日本は今、熟練工の後継不足、介護人材の不足、農村の耕作地放棄、原子炉の廃炉問題など、多くの問題を抱えている。

「子供のAI」で先行するのは、米国、カナダ、フランスだ。日本はひいき目に見ても2番手集団の一角といったところだ。グーグルやフェイスブックなどは、膨大な資金で優秀な技術者や研究者を集めている。しかし面白いことに、本当にチャンスがあるのは、こうしたネット系企業や移民を受け入れる米国ではなく、ものづくり企業や労働力不足の日本である。

筆者の見立てでは、諸外国は「子供のAI」がものづくりに大きな影響があることをまだ明確に認識していない。諸外国に対する時間的な優位はおそらく半年から1年か。この間に一気に、AIを組み合わせた製品を世界市場に投入できるか。それが勝負だ。

大胆な予想は、AIを使った超巨大企業、つまりネクストグーグルは、建機、農機、食品加工の分野から出現する。自然物を相手にするため、本質的に自動化・機械化できなかった。巨大な市場をもつ分野であり、そこを制した企業がインフラから日常生活に至るまで、AIを使って社会全体を豊かにする様々な製品を生み出す可能性がある。

モラベックのパラドックスは崩れた。急がねばならないと、准教授は締めくくる。


グーグルの自動運転技術はそれだけを見ていては本質を見逃してしまう。グーグルの大きな野望は本当に実現してしまうかもしれない。
クルーグマン教授は、常々コンピューターによって知的作業は置き換えられるかもしれないが、人間が行う行動、守衛や清掃の作業は置き換えることができないと主張していたが、いよいよその主張も取り下げないといけなくなるかもしれない。

全ての労働がコンピューター化したとき、人間はどこから賃金を得るのだろうか。供給力は完璧だが需要のない(需要はあっても購買力のない)社会は成り立つのか。そのときの社会のあり方を構想しておく必要が生じるだろう。