フィン・テック(FTC)は個人に優しいのか

金融とITの融合するFTCは個人にとってどんな意味を持つのか。日経は、企業寄りであるので、これを推進する論調に傾いている。だが、EUではIT大手の個人情報集中に強い警戒を示している。そんな時代の中で、ITと金融が融合すると個人情報は丸裸にされかねない。FTCがきっかけとなって健康情報までもが企業に吸い取られるようになったら、個人はすべてを企業にさらけ出すことになる。中国のような政府による監視世界は嫌だが、企業が個人情報を好きに操って金儲けする社会も気味が悪い。

9/20日経はFTのコラム記事「フィンテック、消えぬ警戒」ラナ・フォルーハー(Rana Foroohar)を掲載している。
ラナは自身をラッダイト(技術革新反対派)と称しているが、それは自虐でない。
ラナは米財務省が7月に発表したフィンテックに関する報告書に対する米上院銀行委員会のFTCに関する公聴会(9/18に実施)を取り上げる。
財務省報告は、FTCに肯定的である。曰く「FTCを活用すれば、容易に多くの人にアクセスが可能になるため業務が効率化され、規模の利益を生かせ、消費者により有利な価格を提供できる」と。
一方、IT大手とウオール街の銀行大手が消費者のデータを共有した場合に生じかねないシステミック・リスクや消費者に不利な価格が提供される危険には、あまり触れていない。
これまでのトランプ政権が規制緩和の立場を取ってきたことを考えれば、この報告書のトーンも不思議ではない、と指摘する。
金融と商取引を組み合わせる試みはこれまでも多くあった。その中で最も新しく、かつすさまじい威力を持ちそうなのが、プラットホーム技術とビッグデータ人工知能を融合しようとする最近の流れだ。
ラナは、IT大手と金融の融合が公益につながることに大きな疑問を提示している。
欧州の銀行がこの流れに乗ろうとしていないのは、金融への影響を危惧しているのではなく、米銀よりも少し遅れているだけだと指摘する。多くの米銀は既にFTCという時流に乗ろうとしていると指摘している。 
(私のコメント)残念ながら邦銀への言及はない。影も見えないということであろう。だからと言って、焦る必要はない。